
【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #55 恋する時間(25)
- 更新日:2020/10/15
- 公開日:2020/10/01
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#55 恋する時間(25)
「マグロ卸のマグロ丼」のテラス席をあとにすると、車を埠頭の端まで移動させて、そこでも奥平君がカメラを構えた。
付近にはいよいよ大きな倉庫ばかり並び、道ばたには、長いトラックが数台停まっている。
あとは広い駐車場と、海しかない。
向こう岸は竹芝の桟橋だろう。その左側が日の出桟橋、芝浦埠頭。さらに向こうがお台場のようで、海上に長く横たわるレインボーブリッジが見える。
太陽と美香ちゃんにはさまれて、その景色をのんびり眺め、ゆるい海風に吹かれているところを、奥平君が何枚も写真に撮る。
「こごみと一緒に写真なんて、中学以来じゃね?」
おかしそうに太陽が言う。
「それは、そうだよ。ずっと会わなかったし」
私は答えた。正直、街で見かけたことなら何度かあったけれど、太陽は気づかなかったようだし、私もわざわざ声はかけなかったから、この前、四人で飲んだのがやっぱり久々の再会だった。あのときには、誰も写真なんか撮らなかった。「っていうか、中学のときって、写真撮った? 一緒に」
「なんか、撮ったんじゃない? 運動会とか修学旅行とか。卒業式とか」
「あー」
と私は考えた。大勢で撮った写真なら、確かにあったかもしれない。
「このあと、どうすんの?」
太陽に訊かれて、口ごもった。ちょうど私も、同じことを訊こうとしたところだった。
「予定ないなら、どっか案内してよ。このへんのおすすめスポット」
「いいよ」
私がよほど面白い表情をしたのだろうか。ぱしゃりぱしゃりと、奥平君がつづけてシャッターを切る。
「夜はもちろん、もんじゃ焼きね」と太陽。
「えー。もんじゃは、近くで食べたことないんだけど。……って、この前、言わなかったっけ?」
「おう、知ってる。だから今日は俺らと、どこか一軒入ったらいいかなって。そこが、これからこごみのなじみの店になんの。もんじゃストリートだっけ、そこでよさげな店、選べばいいじゃん」
相変わらず、余計なお世話を焼いてくれようとする親切な太陽に言われ、そういうことなら、と承知した。
かわりにそれまでの時間、私が界隈を案内する。
結局、午後もこのままずっと、四人で過ごすことになりそうだった。
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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー
第50話:恋する時間(20)
第51話:恋する時間(21)
第52話:恋する時間(22)
第53話:恋する時間(23)
第54話:恋する時間(24)
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藤野千夜
(小説家)
1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。
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