母と娘

【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #49 恋する時間(19)

  • 更新日:2020/08/20

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#49 恋する時間(19)

 ノリノリの太陽に指示されるまま、青い車の後部座席に乗り込むと、シートの真ん中あたりに、ぽんとカメラが置いてあるのが見えた。

 白いボディの、一眼レフらしい立派なカメラだった。

 カメラメーカーと機種の名が入った、きれいな緑のストラップがつけられている。

「あ、ごめん」

 反対側から乗った奥平君が、あわててそれを自分の方に引き寄せた。あわてたわりに、控えめな手の伸ばし方が好印象だった。

「カメラ持って来たの?」

「うん」

「デジカメ?」

「そう」

「本格的なのだね。もっと小さいのかと思ってた」

 この前、LINEでやり取りしたのを思い出して、私は言った。あの日、私は近くの川べりを、一人でスケッチして歩いていた。「奥平君が写真撮るんだったら、私もクロッキー帳持ってくればよかったかな」

「絵描くの?」

 奥平君が意外そうに言った。私は伝えたつもりだったけれど、その驚きようからすると言わなかったかもしれない。

「うん、ときどき散歩しながら」

「持ってこなかったの、道具」

「持ってきてない」

「なに? 忘れ物?」

 気のいい太陽が、振り返った。「取って来なよ、待ってっから」

「いい、いい」

「いいじゃなくて。ほら。待ってっから、早く」

「本当に、いいって」

 私は即座に、きっぱり答えた。それくらいはっきりと意思表示をしないと、たぶん太陽の親切は止められない。

 写真を撮る奥平君と二人ならともかく、四人で食事に出かけて、自分だけ絵を描いている姿はあまり想像できなかった。

「いいの? じゃあ行くよ」

 ようやく納得した様子で運転席の太陽が言い、私はシートベルトの締め方を、横の奥平君に確認した。

 そのやり取りも、前の席からちゃんと聞いていたのだろう。ぱちん、とシートベルトがはまったタイミングで、

「じゃあ、出発」

 と太陽はあらためて言い、意外におとなしく、すーっと車を発進させた。



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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー

第44話:恋する時間(14)


第45話:恋する時間(15)


第46話:恋する時間(16)


第47話:恋する時間(17)


第48話:恋する時間(18)



  • 藤野千夜 (小説家)

    1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。

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