母と娘

【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #44 恋する時間(14)

  • 更新日:2020/05/03

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#44 恋する時間(14)

「見た? パネル。顔出しのやつ」

 夕方、くにちゃんが遊びに来て言い、ほんの二分差くらいで訪れたサトシさんも、

「いつの間にあんな看板できたの、マンションの前に」

 部屋に入るなり、楽しそうに言った。

 どうやらマンションの前に、観光地のような顔出しパネルが出現したらしい。

「で、なんのパネルなの」

「さあ、なんかわかんない。女の絵」

 わらびとくにちゃんが、ゆるい会話をしている。

「うん。女の人だった……」

 サトシさんの記憶もそれくらいだった。

 そんな顔出しのパネル、私が帰ったときにはなかったはずだ。この何時間かで設置されたのだろうか。

「でも、なんのために?」

 私がばくぜんとした疑問を口にすると、

「どこかのお店の客寄せじゃないの」

 母が当たり前のように言った。

 マンションの一階には、パティオに面していくつか飲食店が入っている。そのパティオと外の通りとの境に、顔出しパネルは置かれているという話だった。

「見に行く?」

 母が提案すると、反対意見ゼロで即決。今見てきたはずのサトシさんとくにちゃんまで一緒に、ぞろぞろと部屋を出た。

 私がカギをかけなければ、開けっ放しだったかもしれない。

 狭いエレベーターに五人でぎゅっと乗る距離感に、私はやっぱり身構えてしまった。


 マンションを出るとき、すっかり日の長くなった空を見上げて、私は小さく首をすくめた。

 さっきの鳩が私を恨みに思って、襲って来るかもしれない……。

 ふとそんな気がしたのだ。

 もちろん、母がかけたのろいの言葉のせいだろう。

 こごみちゃん、ひどい、なんて。

 その言葉がひどい。わらびが間に入ってくれなかったら、大げんかをしてそのまま帰っていたかもしれない。

 ふつふつ怒りをため込むタイプの私が、今さら文句も言えず、無意識に右のまぶたをひくひく痙攣させながら考えていると、先に顔出しパネルのところについた母カップルと弟カップルが、

「あー。これかあ」

「なんだ、これ」

「ちょっとエスニックな感じだよね」

「入れてみ、顔」

「写真撮って~」

 などと騒いでいる。


(つづく)



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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー

第39話:恋する時間(9)


第40話:恋する時間(10)


第41話:恋する時間(11)


第42話:恋する時間(12)


第43話:恋する時間(13)



  • 藤野千夜 (小説家)

    1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。

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