母と娘

【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #42 恋する時間(12)

  • 更新日:2020/04/08

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#42 恋する時間(12)

「もう、こごみちゃん、おっちょこちょいなんだから」

 私がテーブルにぶちまけてしまったお茶の後始末を手伝ってくれると、母はしばらく椅子にべたっと座ってから、

「じゃあ見る? ベランダ」

 といきなり言った。

「うん」

 私がうなずくと、母がさっと立ち上がる。

「あ、こわいの? ベランダになにか、こわいものがあったりする? 血とか」

 念のため確認すると、そういうものはないと言う。そーっとベランダに近づく母のうしろに、私はこわごわとつづいた。

「残酷!」

 という前フリが効いたのか、なんだか地味な遊園地の、地味なアトラクションくらいにどきどきする。

「なに? なに見るの?」

 本当に一切事情を知らないふうに、弟のわらびも一緒にくっついてきた。

 そういえば親子三人でなにかすることも、最近少なかったかもしれない。

 さらにアトラクション気分が増す。

「ちょっと待って」

 お祭り好きなだけあって、母はきっとそういった気分を盛り上げるのがうまいのだろう。ベランダの手前にくると、ぴたっと足を止めて、つづく私と弟を待機させた。

 自分の顔の幅くらいだけ、サッシの戸をそーっと開けると、母はそこから向こうを見ている。

「……いる……いた」

 ひそひそと、でも興奮気味に母が言い、もう少しサッシを開けると、私にも外を見るようにとうながした。

 いる?

 いるってなにが?

 マジこわいんですけど!

 鳩の巣があったのは、エアコンの室外機のかげだったけれど……。

「あっちよ、あっち」

 私の見ている方向を正すように、母がささやいた。

「あっち?」

「そう、あっちのビルのベランダ」

 と、母は言った。



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(つづく)


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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー

第37話:恋する時間(7)


第38話:恋する時間(8)


第39話:恋する時間(9)


第40話:恋する時間(10)


第41話:恋する時間(11)



  • 藤野千夜 (小説家)

    1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。

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