母と娘

【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #34 恋する時間(4)

  • 更新日:2019/12/04

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#34 恋する時間(4)

 そもそもわらびと私の父親は、同じ人なのか……。

 違う気がするのだけれど、臆病な私はそれも知らない。

 自分の父親を知らないのと同様、疑う年頃にはすっかり「いい子」に育ってしまい、わらびと私の父が同じ人かどうかなんて、そんな質問は母を傷つけるように思えて、訊ねるタイミングを逃してしまった。

 私……やっぱり可哀想なのかもしれない。


 クロッキー帳を手に、川沿いのテラスをぷらーり歩いていると、「寮」の同じエリアを使う男の人と行き合った。

 ジャージにスニーカー、キャップをかぶっている。いかにもウォーキング中といったスタイルだった。腰をひねり、すたすたと無駄のない歩き方で近づいて来る。

「お」

「こんにちは」

「散歩?」

「はい」

 くらいのやり取りと、もっと話をつづけようか、切り上げようか悩むような一瞬の「間」。結局、お互いおだやかな笑顔で挨拶をして別れたけれど、恋愛目線で見れば、これも一つの「出会い」なのかもしれない。

 いやいやいや、と私は首を横に振った。

 二年暮らしている「寮」で、なにもなかったのだ。

 よその会社の人たちと、共有スペースで顔を合わせ、少しは話し、たまに飲み会やイベントに参加しているのに、はっきりした色恋とは一切無縁だった。

 日常から恋をつまみ上げるのにも、一種の才能、「恋をする力」のようなものが必要なのだろう。

 きっと私には、その力が大きく欠けているのだ。

 そのかわりに好きな絵が描けたらいいなと思う。

 絵の学校へは行かなかったけれど、母への反抗心から、趣味までなくすことはない。


 テラスを折れて、小さな橋を渡り、江戸時代からつづくという佃煮屋さんや、ここに最初に移住して来た漁師さんたちの地元、大阪にゆかりのあるらしい神社に寄る。その場所場所でさらさらとスケッチ。老舗の佃煮屋さんでは、ご飯のおともにタラコの佃煮も買った。

 児童公園の池をしばらく眺め、そこへ注ぎ込む川の支流を逆に歩いて、川の中を泳ぐ、ハゼらしい小魚の群れと、水草の動きに目をこらす。

 と、スマホのLINEに、

〈俺、今日いい写真撮れそう! 空気のつぶが見える!〉

 とメッセージが届いた。太陽たちとのお友だちLINEへの、奥平君からのメッセージだった。


(つづく)



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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー

第29話:ベランダの鳩(29)


第30話:ベランダの鳩(30)


第31話:恋する時間(1)


第32話:恋する時間(2)


第33話:恋する時間(3)



  • 藤野千夜 (小説家)

    1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。

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