
【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #33 恋する時間(3)
- 更新日:2019/11/21
- 公開日:2019/11/07
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#33 恋する時間(3)
テラスのへり、どこかさびしげに川を覗き込んでいるアオサギをスケッチし、遊歩道の手すり越しに、向こう岸のビル群を描く。
たっぷり水をたたえた川の向こうには、こことはまた違う、まるきり知らない世界があるように見える。
ふっと息をつき、紙パックのりんごジュースをちゅうっとストローで吸い上げる。テラスを歩く人の中に、スマホでポケモンをゲットしているカップルを見つけ、母とサトシさんのことを思い出した。
近くに住む彼と同じゲームを楽しみ、毎日のように飲んで食事を共にするのは、母の性格からすれば、きっと心地よいのだろう。
一途、というのとは絶対に違うのだけれど、好きになれば一直線。可能なかぎり、そばにいたいらしい。
私が恋愛に臆病になったのは、きっとそんな母のせいだ。
子どもの頃から、しょっちゅう「友だち」だという男の人が家に出入りしていて、その人たちと母との「恋」に、私はすっかり振り回されてしまった。
ずっと幼い頃はただ素直に、警戒心が強くなってからは多少の時間をかけて、気のいい彼らと仲良くなり、楽しく話し、一緒に出かけ、ようやく心を開いた頃になると、決まってふっといなくなってしまう。
「あれ? タケちゃんは?」
「今日は来ない」
「ふうん」
もちろんタケちゃんとはそれきりだ。
同じように、ゴウダくんとも、ソリマチさんとも、ケイタとも……。
母がふったのか、それともふられたのか。
どちらにしても、母本人はそれなりに話し合って納得しているのだろうが、一切事情を知らされない私にすれば、家の中から急に人がいなくなって、自分がふられたような気分になった。
恋もしていないのにアホらしい。
絵の学校に通わなかったのも、自由すぎる母への反抗心があったのかもしれない。
そもそも母が美術系の短大を出て、以来、学校時代の知り合いのツテでイラストを描いたり、デザインをしたりしてきた人だった。
不安定なその収入だけでは母子三人食べきれないところを、ご近所に短期のバイトに行ったり、謎の飲食店オーナーからしばらく店をまかされたり、うまく恋人にごちそうしてもらったり、真面目な祖父(つまり母の父)からのありがたい遺産でしのいだりしていた。
私とわらびの父親から、養育費をもらっていたという話は聞かない。
(つづく)
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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー
第28話:ベランダの鳩(28)
第29話:ベランダの鳩(29)
第30話:ベランダの鳩(30)
第31話:恋する時間(1)
第32話:恋する時間(2)
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藤野千夜
(小説家)
1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。
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