母と娘

【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #26 ベランダの鳩(26)

  • 更新日:2019/07/31

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#26 ベランダの鳩(26)

「あー! お姉さーん!」

 飲み屋の多い通りに入ってすぐ、若い女の子に声をかけられた。

 街の灯りに、広いおでこを光らせている。ゆうべ一緒に飲んだ、弟の彼女のくにちゃんだった。

「あ、姉ちゃんが男の人と!」

 当然のように、横には弟のわらびもいる。いつも通り、顔立ちはしゅっとしてるのに、口もとがちょっと拗ねている。

「えっ、こごみが?」

 さらに振り返ったのは母だった。母に寄り添っているのは、恋人説濃厚な大学の先生、サトシさんだ。

 家の近所とはいえ、ずいぶん狭い場所にぎっちり勢揃いだった。

「なーんだ、奥平君と?」

 母がにやりにやりと言う。


「じゃあ、奥平君、ありがとう。ここでもう大丈夫」

 私は急いで言った。早く彼を逃がさないと、せっかく楽しく、きれいに終わりかけた夜に、余計なエピソードが付け加えられることになる。

「なーに、赤くなって。こごみちゃん、あんた、中学生みたいね!」

 母にからかわれると、必要以上に頭に血が上る。それは中学の頃からの、私の悪い癖だった。

「またLINEで」

 奥平君は私にこそっと言うと、

「じゃあおばさん、わらび君、皆さんも、おやすみなさい!」

 明るく挨拶をして踵を返した。ずいぶんきっぱりとした、さわやかな去り方だった。

 本当はここまで来れば、うちの前を通って商店街へ抜けても距離は変わらないはずだったけれど、早く逃げてほしい、という私の願いを肌で感じ取ってくれたのだろうか。

 もしそうだとすれば、その勘の良さも好ましい。彼はなかなかポイントが高い気がした。

「うちに来てもらえばよかったのに」

 母らしいからかいに、

「べつに、そういうんじゃないから」

 私はムキになって答えた。

「そういうのって、どういうのよ。奥平君でしょ。友だちじゃない」

 わざとらしいくらいに、母がにやにや、にやにや笑っている。

 中学生みたいね、というからかいの言葉が、私の脳内で反響していた。


(つづく)



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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー

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第22話:ベランダの鳩(22)


第23話:ベランダの鳩(23)


第24話:ベランダの鳩(24)


第25話:ベランダの鳩(25)



  • 藤野千夜 (小説家)

    1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。

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