人生崖っぷち母ちゃん

不妊治療をやめて5年、二人目の未練がなくなるまでの経緯

  • 更新日:2020/09/28
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「不妊治療は始めには勇気がいるが、辞めることはもっと辛い」

不妊治療は、他の一般的な治癒治療とは大きく異なり、開始時期を夫婦二人の意思で始め、やめ時も自分たちの意思で決められます。


ママになる夢を諦める。あるいは、兄弟を作ってあげられない現実を受け入れる。

ずっと夢に描いていたファミリー計画を断念することは、女性にとって過酷で勇気がいる決断です。


こんにちは、赤星ポテ子です。

私自身、息子を授かるまで2年間と、その後二人目を諦めるまで、トータル5年間不妊治療に励んでいました。


不妊治療をやめてから今までの5年間、私の気持ちがどのように変化していたったかお話します。

治療を続けるか、辞めるべきか、悩んでいる人たちにとって私の経験が判断材料の一つになれば幸いです。


不妊治療をやめて数ヶ月

赤ちゃんコーナーを通る度に胸がざわつく

ベビー用品からキッズ服まで取り扱う、近所の量販店。

出産前から今でも足繁く通っています。


不妊治療を辞めると決めてしばらくは、赤ちゃんコーナーに足を踏み入れる度、もう二度と使うことはない授乳用品を見ては、いつも胸が張り裂けそうな気持ちになりました。


あれから2年

保育園ママは二人目のハードルも簡単に乗り越える

息子は3歳になり、育児が少し落ち着きはじめた頃、保育園では二人目妊娠ラッシュ到来‼同じクラスに妊婦さんが3人もいる時期もありました。


「あのママも」

「あの子のママも……」

保育園ママは、二人目のハードルを簡単に乗り越え(ているように見え)ます。


ママになるまでは、「子どもは授かりにくい」が私にとってはノーマルな日常でしたが、世の中には苦労無く2人目、3人目と授かれるママさんも居て、むしろ子どもを授かりやすい人も存在している。自分とは違う日常があるんだという事に改めて気づかされました。


そして3年後

妊活を辞めてから3年が経ち、シングルマザーになりました。

離婚してからは、前よりも一層、赤ちゃんが欲しい焦りが薄まりました。公園で、上の子が下の子をあやしている姿を見かけても、胸がざわつかないくらい気持ちも落ち着きました。

この頃、息子は5歳。もっとも兄弟を欲しがっていた時期でした。

私は息子に兄弟を作ってあげられない後ろめたさよりも、パパとの生活を切り離してしまったことへの罪悪感の方が強かったです。


生活の立て直しに必死で、息子への罪悪感を払拭しようと私は躍起でした。


あれからもう5年の時日が経った

私の二人目への執着と決別して1~2ヶ月は、睡眠不足に陥る日もありましたが、大失恋からの回復の経過をたどるように、私の気持ちも自然と落ち着きました。


それから別居・離婚を経てシングルマザーになり、自分の時間を持てるのは、唯一トイレでスマホをいじる時ぐらい……。

不妊について考える余裕がないほど慌ただしい毎日を過ごしています。


30歳から30半ばまで、がむしゃらに不妊治療を続けていた私は、今年で40代に突入。

息子は小学一年生になりました。私は二人目にもう未練はありません。

例え再婚するチャンスがあったとしても、不妊治療はもうしないでしょう。

イチから子育てするお金もなければ、体力にも自信がない。

最終的には、自分サイズ、わが家サイズに、心も生活も落ち着きました。


胸が張り裂けそうなアノ苦しみは、新しい命の誕生が救ってくれたわけではなく、失恋と同じように時が全てを解決してくれました。

見るのを怖がっていた「子どもを諦めた」その先の世界は、案外晴れ晴れと爽快な毎日でした。



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  • 赤星ポテ子 (イラストレーター&漫画家)

    武蔵野美術大学卒。不妊治療を経て一児の母に。いつか息子と海外移住できることを夢みている。 著者「ベビ待ちバイブル」「子どもにちゃんと伝わるお金の「しつけ」」(共著)など

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